トワイライトが終わる前に 「わたしね、転校するんだ」 柔らかそうな髪を、これまた柔らかいオレンジ色に染めてはにこりと笑う。にこり。あえて効果音をつけるならば、まさにそうだ。こいつはよく笑うほうだ、と昔の俺は思っていた。嬉しい時や楽しいとき、これまた困ったときまで。眉尻を下げて、苦笑するときの顔が実は一番好きなのだと、伝えたことはなかったが。 だけど、それは全部虚像だった。太陽みたいにきらきら笑ってるその裏側で、こいつがどんな思いでいたかなんて俺には想像することもできない。なぜならは何時だって笑っていたから。そう、それは全部作り物に過ぎなかったのだ。 「わたしね、葦護が好きだった。ずっと、好きだったんだよ」 今にも零れ落ちそうな涙を必死で耐えながら、こいつはなおも笑おうとする。なんでだよ。なんで。ぎゅっと握り締められた掌がそんなに震えてるのに、俺が気付かないとでも思ってるのか。だったら甘く見られたもんだ。遠く西空に沈みかけた太陽は淡い夕陽色を醸し出す。オレンジの世界。お前も、俺も。みんな、オレンジに染まってる。今お前が涙を零せば、それさえもきれいなオレンジに染まるのだろう。 「なんで、笑うんだ」 「・・・最後くらい、笑ってさよならしたいじゃない」 「おまえ、本気でそう思ってんのか?」 「ほんき、だよ」 ふざけんな。 「じゃあなんで、そんな、泣きそうなんだよ・・・?」 逃れられぬように、きつく抱きしめた身体は思っていたよりもずっと小さかった。ふるふると、直に伝わってくる震えに、唇をかみ締める。俺は、何もできない。何の力も持たない、ちっぽけな人間だ。だけどちっぽけだからこそ、何より大切なものをそう簡単に手放せるか。好きなんだ。青臭い、餓鬼の恋愛かもしれない。だけど、どうしようもなく、好きなんだ。 「い、ご・・・っ」 「・・・」 「わたし、葦護と離れたくない!はなれたく、ないんだよっ」 「おまえ、ほんと馬鹿」 ぼろぼろと、堰を切ったように零れ出したその雫たちは俺のシャツにいくつもの染みを作る。誰かを愛しいなんて思ったのはこれが初めてだった。これが正真正銘の初恋ってやつか。かっこわりぃな。だけど、それは思っていたよりもずっと心地よいものだ。 「無理して、笑ったりするんじゃねぇよ」 ずびーっと、鼻水垂らしながら泣くこいつは果たして先程まで微笑んでいあやつと同じなのか。そう思えるくらい、その泣き顔はひどかった。笑えるくらい、愛しかったんだ。 end. |