深い深い海と、高い高い空の色が混ざり合った感じ。葦護が描いたのはそんな絵だった。自分でもよく分からない感想だったから、葦護には言わなかった。


「そんなまじまじと見つめんなよ。照れるだろ」


「葦護を見てるんじゃなくて、葦護の絵を見てるんだけど私」


そう言うと、葦護はにやにやといつもの調子で笑いながら絵の具を片付け始めた。床には沢山散らばっていた。本当に、あの手からどうやってこんなにきれいな絵が生み出せるんだろうといつも思う。この前なんて、なにかの賞取って表彰されていた。あのときの絵は、花は一輪も描かれてなかったのに、なんとなく一面の花畑みたいだなって思った。今回みたいに自分でもよく分からない感想だったから、同じように葦護には言わなかったけれど。


外はもうとっくに日が沈んでしまって真っ暗になっていた。電気がついて明るい美術室には私と葦護の二人だけ。この美術室の右側は美術準備室で誰もいないから真っ暗だし、左側は空き教室でこちらももちろん真っ暗だった。廊下からは何の気配もしないし、きっと両側の教室だけじゃなくこの階の教室は全部真っ暗なんじゃないかと思う。まるで真っ暗な海に浮かぶ明かりの点いた船みたい。
こんなこと言ったらきっと葦護は笑うだろうけど。というか自分で考えておかしくなった。


「そろそろ帰んぞ。遅いし、送ってくから」


はいおしまい、と言うように葦護はキャンバスを私の前から取り上げて、準備室の方に持って行った。もう少し見てたかったからちょっと残念だった。
真っ白いキャンバスに向かい、それに筆を滑らせる葦護は、けっこう格好いいと思う。(本人に言ったら、ちゃんは俺のことほんとに大好きだね〜とんとか言って一週間はそのネタで遊ばれるだろうから言わないけど)真っ直ぐにキャンバスを見つめて、真っ白の中に少しずつ色が足されていって、海と空が混ざり合ったみたいな今日完成したような絵が出来るのだ。


「今日の絵、どうするの?」


「さぁ…何日か経ったら焼却処分じゃねーの。別にコンクール用とかじゃないし」


準備室の奥に入っていった絵は、ここからは見えない。
勿体ないなと思った。確かに日にちはそんなに掛かってなかったけど、何日か経って焼却処分なんかしていいような絵にも思えなかった。もちろん絵なんて全く分からない素人の私が見ての感想だけれど。


「…なに、黙って。どうしたんだよ?」


準備室に続く扉が閉められた。鍵も掛けられて、今日の絵と会えるのはまた明日。


「私、あの絵好きだよ。なんか、海と空が一緒になったみたいで、すごくきれいだと思う」


葦護がどうしてあんなにきれいな絵を描けるのか、なんだか少し分かったような気がした。


「…どーもね」


そう言って、くしゃくしゃと私の頭を撫でた大きな手は温かかったし、いつものにやにや笑いじゃない笑顔は本当に嬉しそうだったから。






















葦護は美術部なんですよね。(…)
戻る
06,04,02